前職6年目。
ぼくは、 栃木県へ転勤することになりました。
営業所の人数は、 事務員さんが2人。
そして営業は、 本来なら、 所長を含めて3人体制が適正の営業所でした。
でも、 ぼくが行く直前に、 営業マンが2人辞めていました。
つまり、 所長1人だけ。
そこに、 ぼくが追加で配属された。
それでもまだ、 1人足りません。
正直、 かなり厳しい状況でした。
でもそのときのぼくは、 不思議と前向きでした。
「お前に任せたい」
そんな空気を、 部長たちから感じていたからです。
もちろん、 現実的には “人が足りないから” という理由もあったと思います。
でも、 当時のぼくには、 それが嬉しかった。
必要としてもらえている気がしたんです。
「よし、頑張ろう」
そんなふうに思っていました。
そして、 栃木で一緒に働くことになった所長。
その所長は、 正直、 少しガキっぽくて、 雑なところもありました。
段取りも、 言葉遣いも、 細かいところはかなり適当。
周りのみんなが、 「完璧な上司だ」 と尊敬するタイプでは、 正直ありませんでした。
でも——
お客さんとのコミュニケーションだけは、 本当にすごかった。
冗談を言って笑わせたり、 雑談していたかと思えば、 気づいたら相手の本音を聞き出している。
怒られても、 なぜか嫌われない。
むしろ、 お客さんのほうから、 どんどん話しかけてくる。
(なんでこの人、 こんなに人の懐に入れるんやろ…)
ぼくには、 それがめちゃくちゃかっこよく見えました。
営業として、 すごく尊敬していました。
だからこそ——
その日は、 本当にショックでした。
転勤して、 3週間くらい経った頃です。
所長が、 突然こう言いました。
「やべー、座ってらんねえ!」
何事かと思って顔を見ると、 顔の半分だけが、 引きつっていました。
次の瞬間、 所長は崩れるように倒れました。
脳卒中でした。
慌ただしくなる事務所。
何が起きているのか、 正直、 頭が追いつきませんでした。
なんとか一命は取り留めました。
でも、 長期のリハビリが必要な状態。
復帰なんて、 とても考えられません。
つまり——
配属から3週間——
営業が、 ぼく1人になりました。
ただでさえ、 人が足りていなかった営業所。
そこからさらに、 所長までいなくなった。
地方営業所なので、 簡単に応援も呼べません。
ましてや、 所長クラスをすぐ補充なんて、 できるわけがありませんでした。
部長からは、 こんなことを言われました。
「1人で背負い込みすぎなくていいから」
「なんとか耐えてほしい」
その言葉は、 嬉しくもありました。
期待されている感じがしたからです。
でも同時に、
(いや、どうすんねんこれ…どういう状況よ?)
とも思っていました。
しかも、 栃木という土地は、 ぼくにとってかなり特殊でした。
地方独特の、 “昔からのつながり” みたいな文化が強い。
地元同士で仲が良い。
長年の付き合いを大事にする。
そんな場所に、
大阪出身で、
東京から来たばかりのぼく。
正直、 かなりアウェーでした。
どのお客さんのところへ行っても、
「東京から来たんだっけ?」 「新しい担当さん?」 そんな反応ばかり。
そもそも、 まだ名前すら覚えてもらえていません。
だから、 とにかく走りました。
営業所が担当している、 ほとんどすべてのお客さんのところへ行く。
名刺を配る。
「今後はぼくに連絡ください」 「必ず対応します」
そう言って、 回り続けました。
見積もり。
問い合わせ。
トラブル。
案件相談。
とにかく、 全部ぼくに集めてもらう。
それしかありませんでした。
事務所に戻ると、 机の上には、 持ち主のいなくなった所長の携帯が置いてある。
パソコンを開く。
メールを見る。
その間にも、 どんどん連絡が入ってくる。
ぼくは、 全部返信しました。
状況を説明して、
「今後はぼくが対応します」
そう伝え続けました。
そして最後に、 毎回こう添えていました。
「ご連絡いただければ、 必ず期待に応えます」
正直、 期待に応えられる自信なんて、 全然ありませんでした。
でも、 そう言うしかありませんでした。
それからのぼくは、 本当に必死でした。
朝早く出社する。
すべての連絡を返す。
事務員さんたちが出社する頃には、 ある程度事務処理を終わらせて、 外回りへ出る。
売上を落としたくない。
それまで所長を頼っていたお客さんを、 裏切りたくない。
離したくない。
そんなことばかり考えていました。
でも、 プレッシャーは、 想像以上でした。
気づけば、 朝出社すると、 トイレで吐くのが日課みたいになっていました。
正直、毎日ちょっと壊れかけていました。
吐いて、 顔を洗って、 何事もなかったみたいに営業へ行く。
そんな毎日でした。
一番怖かったのは、 売上が落ちることじゃありませんでした。
「あの営業所、もうダメだな」
そう思われることでした。
それでも、 止まるわけにはいきませんでした。



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